2017年03月11日

震災から6年

東日本大震災より6年が経過しました。
3月11日に会社が休みになるのは今日が初めてです。
先ほど2時46分に黙とうしました。

今でもあの時の状況が目に浮かびます。
以前に比べれば復興してきているようにも見えますが、
工事関係のトラックはまだたくさん走っています。

復興はまだ道半ばの様です。


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posted by いっき at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月17日

震災から2年

東日本大震災から2年経ちました。
でも、復興には程遠い状態です。

わが家の近くも道路はぼこぼこだし、電柱も、道路と電柱の間に石をはさんで傾きを防いでいる状態です。地震や風が強いとき、倒れるのではないかと怖いです。

仮設住宅の人も全然減っていないし・・・
復興にはまだまだ時間がかかりそうです。
posted by いっき at 10:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月04日

震災体験記(宮城)その4

今日も夜中の1時から緊急地震速報です。すぐにとび起きて警戒態勢をとりました。幸いにして私のところでは、大きなゆれはきませんでした。

震源は福島県沖で福島県浜通りで震度5弱を記録したそうです。

私はいつも枕もとに携帯電話をおいています。

・NTTドコモでは「エリアメール」の設定をすると、気象庁が配信する緊急地震速報や、国・地方公共団体が配信する災害・避難情報を、回線混雑の影響を受けずに受信することができます。

夜、寝ているときに来る地震が一番こわいですね。


さて、続きです。

ふとホールを通りかかるとテレビがついていました。その映像をみて愕然としました。津波が家を押し流しながら進んでいる映像が写っていたからです。

まさかこんな大きな津波が来るとは・・・

想定されていた宮城県沖地震の津波よりはるかに高い。

どうやら今回の地震は岩手県沖〜茨城県沖までのプレートが全部動いた巨大地震だったらしい。そのため津波もかなり高くなったようだ。

外を見ると雪が降っている。家族は大丈夫だろうか?津波の映像を見ると不安になってきます。その後しばらくテレビを見ていましたが、繰り返し同じ映像が流れているだけで、津波が町ごとに海からどの程度のところまできたのかとか詳しい情報は全然ありません。

外も少し薄暗くなってきたので、とりあえず家の方向に車を走らせてみることにしました。いつもの道路を走っていると渋滞になりました。全然車が進まなくなったので、近くの店に車を止めて少し歩いてみると、道路が水に浸かっているようです。

ここまで水が来ているとは!

どうやら私の家も冠水したようだ。帰れそうにもない。

海に近いほうは火事になっているようです。ヘリコプターが2機で消火活動をおこなっています。

とりあえず内陸にある親戚の家にお世話になろうと思いましたが、水田の用水路があふれていてとても行けそうにありません。津波は川を上りそして水田まで海水を運んだようです。

仕方なく運動公園の駐車場で一晩過ごすことにしました。ここまでは津波はきていないようだし、トイレもあるので安心です。

〜震災体験記(宮城)その5につづく〜
posted by いっき at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災体験記(宮城) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

震災体験記(宮城)その3

震災後2ヶ月が過ぎました。最近やっと平和が戻りつつあります。町のお店も少しずつ営業を再開しているようです。でも近所の食品関係の店がまだ再開していないので、7〜8Km離れた郊外の店まで買出しに行かなければならないのがとても不便です。

さて、続きです。

事務所のパソコンで地震の情報を探ると宮城県北部で震度7、そして大津波警報が発令されたようです。窓の外を見ると道路の信号機が消えています。

私のいる会社は海からかなり離れているので津波は大丈夫だと思いますが、海に近い方は大丈夫だろうか?

とりあえず会社のみんなで相談して、このまま会社で様子を見ることにしました。大津波警報もでているので、ここにいるのが安全だと判断したからです。

下に落ちているものを少し片付けてからロッカーに携帯電話を取りに行きました。家族に連絡をとりたかったからです。電話してみると思ったとおり、つながりません。その時メールの着信音がなりました。妻からメールで「家族は全員無事で近くの小学校に避難した」とのことでした。私も無事を知らせるメールをしました。これで一安心です。

・災害の時、電話はまったくつながりません。しかしメールはつながるようです。

・あらかじめ家族で避難場所を決めておくこと。

私の家族では宮城県沖地震を想定しては避難場所を近所の小学校に決めていたので、連絡が取れなくても小学校に行けば会うことができます。実際どの避難所にいるのかわからなくて何箇所もの避難所を探している人がたくさんいました。

ふとホールを通りかかるとテレビがついていました。その映像をみて愕然としました。津波が家を押し流しながら進んでいる映像が写っていたからです。

〜震災体験記(宮城)その4につづく〜
posted by いっき at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災体験記(宮城) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

震災体験記(宮城)その2

地震当日のことから書いていきたいと思います。3月11日14時46分、私は会社で仕事中でした。2日ほど前に震度5の地震があって、余震が続いていたのではじめは

「また余震か・・・」くらいに思っていました。

しかし揺れはどんどん大きくなり縦揺れ、横揺れ、そしてぐるぐる回るように大きく揺れました。私はその場にしゃがみ込み、揺れが収まるのを待ちましたが、なかなか収まりません。むしろだんだん大きくなっていくように感じられます。ついに停電になり非常用電源に切り替わりました。

いままでも宮城県沖地震、宮城県北部地震、岩手宮城内陸地震など強い地震を何回も経験してきましたが今回の地震は桁違いです。遊園地にあるアトラクションのフライングカーペットにでものっているような揺れです。

4、5分位してやっと揺れが収まりました。

「死ぬかと思った・・・」

気がつくと手がブルブルと震えています。

・まずは身の安全の確認、そして情報の入手です。

私のいた会社の建物は耐震構造になっていたので幸い地震でのけが人は出ませんでした。耐震性の低い建物にいる場合は外に避難したほうがよさそうです。
また沿岸部にいる人は津波を警戒して高台、または丈夫な高い建物に避難。決して車では避難しないこと。今回の震災では車の渋滞中に、津波にのみこまれた方がかなりいたようです。

事務所のパソコンで地震の情報を探ると宮城県北部で震度7、そして大津波警報が発令されたようです。


〜震災体験記(宮城)その3につづく〜
posted by いっき at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 震災体験記(宮城) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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